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個別記事の管理2011-02-18 (Fri)
今日、2005年4月7日
永年の夢がかないました。
ついに、ついに、オーストラリアの永住権を取得することが出来ました。
申請するまでに5年半、申請してから取得するまでに1年3ヶ月、
7年越しの夢がかないました。

今日は、盛大に祝杯でもあげたい気分ですが、
相変わらず主人の帰りは遅く、喜びを分かち合えそうにありません。
あ、もちろん、携帯では
「とうとう、取れたね!!」
「やったね!」
と話をしましたが。
やっぱり、顔を見て喜び合いたいですよね。

それにしても、長かった・・・・
何度あきらめかけたことか。

オーストラリア永住権の申請条件を簡単に言えば
・年齢
・職業
・英語力
・健康
と言ったところでしょうか。
その中の英語力が私たちにとって最大の難関でした。
主人も私も仕事をしながらの準備だったので、なかなか英語力アップが図れず、何度となくIELTSを受けました。
一度受けると3ヶ月以上開けないと受けられないので、3ヶ月経って一番早く受けられる会場を選び、東京、大阪、名古屋、京都とあちこち受けまわりました。
挙げ句の果てには、1ヶ月、ブリスベンへ語学留学して、ブリスベンでもIELTSを受けました。
リスニング、リーディング、ライティング、スピーキングの各セクションをクリアしないといけないのですが、
「4項目のうち、3項目クリアしたのに・・・」
「前回クリアできたところが、今回はダメだった・・・」
となかなか 4項目のクリアが出来ませんでした。

ようやくIELTSをクリアできたときの喜びと言ったら。
まるで永住権が取れたかのような大騒ぎでした。


また、申請の時のことは、いずれ詳しく書きたいと思います。

とにかく、オーストラリアで生活しても良い、というビザを取ることができました。
ばんざぁ~~~~~い!!!


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個別記事の管理2011-02-18 (Fri)
思ったよりも早く、今日、サブクラス137のビザシールが貼られたパスポートが我が家に戻ってきました。
うれしい~~~!
このビザシールのために、どれだけ苦労したことかと思うと本当にうれしかったです。
でも、私たちにとっては「永住権」ってものすご~~~いことだから
「Welcome」
とか
「Congratulation!」
とか、
これからの生活についてのアドバイスとかあるのかなぁなんて思っていたのに、
大使館から送られてきた封筒に入っていたのは、
私たちのパスポート4冊のみ!
紙切れ1枚入っていないので、なんだか拍子抜けしてしまいました。

これからの生活(移住にあたって)は自分でHPからプリントアウトするそうです。

万が一泥棒に入られても取られないようにと、主人が絶対に見つからないだろうなと言うところにパスポートを隠したので、笑っちゃいました。

お世話になった、Leika(三原さん)のサイトに体験談を投稿したので、それを転記しておきます。波乱万丈のビザ取得記です。

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日本在住、NIさん(2005年4月取得)

7年越しの夢がかなった!

2005年4月7日、私たちはようやく永年の夢だったオーストラリアの永住権を取得することが出来ました。三原さん曰く、
「2年を越えるおつきあいは他には無い」
と言うことなので、クライアントの中ではずばぬけて最長記録の一家。紆余曲折、途中挫折、山あり谷ありの末なので、あまり参考にはならないかもしれませんが、少し書かせてもらいます。 


出会いは7年前

1998年8月「オーストラリア 永住」で検索していて、たまたま出会ったレイカのHP。その充実ぶりに驚き、
「こうやったら永住権が取れるみたいだよ。」
とそれまで漠然と、いつかオーストラリアに住めたら良いねと話していた私たちに「永住権」という方向を指し示してくれました。早速、三原さんに査定していただくと
「可能性あり!」
とのこと。すぐに包括代理申請をお願いしたのですが・・・・


第1のアウト

35才の誕生日までに申請したいと無理を言い、短い時間に書類を整え、申請をしました。あとからIELTSの結果を送付すると言うことにして。
そして、初めて受けたIELTS。ドキドキしながら結果を待っていたのですが、その結果は惨憺たるもの。(とてもここで何点だったかなどと言えるような点数ではありませんでした。)
三原さんと相談の結果、規定ポイントに達していないIELTS結果により審査が開始されると結果不合格となりビザは取得出来ないし、記録にも残ってしまうので、申請料は戻ってこないけれど申請を取り下げた方が良いということで、1999年5月にそのようにしました。


第1のラッキー

申請は取り下げたものの、エンジニアとしての資格は、いずれ申請するときに必要になるものだからという勧めで、先にIEA(オーストラリア・エンジニア協会)へ1999年5月に技術認定の申請をしていました。
申請後に提出するためのCDR(これまでに自分がしてきた職務の詳しい内容)を忙しい仕事の合間をぬって書いていた最中、1999年7月1日にIEAの申請基準が大きく変わり、申請するためにはIELTSの各セクション6点が必須になってしまいました。IELTS5点がクリアできずに、申請を取り下げた私たちにとって、ますます高いハードルになってしまったかと思ったのですが、幸い、審査基準の変更前に申請していたため、IELTSの点数は問われずに審査してもらえました。そして、膨大な量のレポートを提出したのが1999年11月22日でした。待つこと約半年。4月にようやくIEA認定が取れました。
(このIELTS6.0を問われずに認定を取れたことが、後々、とても大きなことになりました。結局最終的に6点は取れなかったのですから)


第2のアウト

3ヶ月ごとに受けたIELTSですが、日々仕事に追われ、勉強する時間は1日に10分取れるかどうか。そんな調子ですから、なかなかスコアアップが図れず、
「あ~~、また、今回もダメだった。」
「前回、あと1項目だけだったのに、今回は前回クリアしたところがダメだった。」
と4項目オール5点を取ることが出来ずに月日が過ぎていきました。
そして、悪夢の2002年5月7日、パスマークがそれまでの110ポイントから115ポイントにアップしてしまったのです。IELTSを各セクション6点取るか、配偶者がIELTS5点を取って、配偶者のサポートポイントを加算するか・・・
どちらもかなり高い壁、絶対に壊れそうにない鋼鉄の壁のように思えてしまいました。

その頃、ニュージーランドの永住権の申請条件はIELTSが平均5点で良く、私たちは十分パスマークをクリアする条件があったので、ニュージーランドの永住権申請に切り替えることにし、三原さんには、あとはIELTSクリアだけでしたが、少しでも可能性のある方にかけたいとお話しし、オーストラリア永住権を断念したのでした。


第3のアウト

ニュージーランドもオーストラリアと同じように、年々移民の受け入れ条件を厳しくしていっていました。書類を準備している間にもどんどん条件が変わっていったのですが、何とか申請にこぎつけ、ホッとした2日後。移民法が大幅に改正され、それまでIETLS平均5点で良かったのに、いきなり6.5点必須というものになってしまいました。しかも、その条件は現在申請中のものにも適応されると言うことで、私たちもアウトになってしまいました。


そして再び・・・

オーストラリア移住の夢をあきらめきれなかった私たちは、英語の勉強を続け、2003年7月に、配偶者が先にIELTS各セクション5点をクリア。これにより、配偶者のサポートポイント5点が得られることになりました。あとは、私のIELTS各セクション5点をクリアするのみ!
2004年の2月には40才になってしまうので、その前に申請をしないといけない。その為には2003年11月15日のIELTS受験がラストチャンスになると思っていました。でも配偶者の職業認定に時間がかかっては、2月までに申請が間に合わないのでは無いかという危惧があり、無理を承知で三原さんにまた申請代理をお願いすることにしました。IELTS受験前の見切り発車でした。


第2のラッキー

2003年11月15日に受験したIELTSですが、どうも感触が良くなかったので、半ばあきらめていたのですが、2週間後に来た結果は、見事というか、ようやくというか、各セクション5点をクリアすることが出来ました。本当にラストチャンスでした。ここで、まるで永住権が取れたかのように大騒ぎ&大喜びしたことは言うまでもありません。IELTSをクリアするまでに5年もかかってしまったのですから・・・・


三原さんに感謝! 無事申請!

それからの毎日は書類を揃えることに必死でした。二人とも仕事をしていましたが、三原さんは携帯アドレスに頻繁にメールをくださり、どんどん書類を整えていくことができました。土日にもかかわらずメールが来たときには驚きましたが、更には年末年始も返上で、ほぼ毎日、メールでのやりとりをしていただきました。そのお陰で無事、40才の誕生日前、2004年1月中旬にDIMIAに申請することが出来ました。
2004年2月には申請書受領の手紙ももらい、50週待つのみとなりました。この間に、2004年4月にパスマークが120ポイントに上がったのですが、その日以前に申請したものには適応しないと言うことでセーフでした。


第4のアウト

2005年1月、50週目前にして
「DIMIAから健康診断、無犯罪証明を出すようにとの連絡が来ました。」
と三原さんが電話をくださいました。
「やっと来たか~」
と思ったのもつかの間、同時に
「配偶者のスキルアセスメントの取り直し」
を要求されていたのです。配偶者は小学校の教員をしていましたが、教員でのスキルアセスメントにはIELTS7.0点を要求され取得は困難なので、IELTSの点数を問われないコミュニティーワーカーでのスキルアセスメントを取り、提出していました。

しかし、職歴が長期にわたって小学校教員なので、教員としてのスキルアセスメントを再提出、しかも2005年3月2日までにと言うものでした。1年間待たされたあげくにアウトか!と目の前が真っ暗になりました。
3年間の居住就労後(最短2年)に永住権を申請できるSIRビザの可能性があるから、そちらへの申請に切り換えるかどうかという選択を迫られたのですが、それしかないのならSIRビザで、と意向を伝え電話を切りました。


第3のラッキー

ところがその日のうちに、三原さんがSTNIビザの可能性があると教えてくださいました。私たちにとって、SIRビザって? STNIビザって? と突然降ってわいた話に右往左往していたのですが、とても丁寧に教えてくださいました。SIRは一時滞在ビザ、3年間のうちの1年間フルタイムの仕事をすることによって、永住権を申請することができるビザ。STNIは、州がスポンサーになってくれる永住権。どちらを取るかは、大きな違いです。
サウスオーストラリア州なら州都(アデレード)に住めるし、職業リストにメカニカルエンジニアがあるから、スポンサーシップを取ることができる可能性があると言われました。では、サウスオーストラリア州に申請しようと決めたとたん、あれよあれよという間に三原さんが書類を整えてくださり、DIMIAから連絡が来て2日後にはスポンサーシップの電子申請を済ませていました。しかも、その2日後には無事にサウスオーストラリア州から「ぜひ来てね!」とスポンサーシップ承認のメールが来ました。1年待たされていた私たちにとってはたった2日で返事が来たことに驚きを隠せませんでした。


無事に書類提出

STNIビザの書類を整えると同時に、無犯罪証明を取ったり、健康診断を受けに行ったりしました。2005年2月上旬には、サブクラス136から137への変更する旨の書類を含む全ての書類をDIMIAに送ることが出来ました。
1ヶ月後くらいには、変更承認の手紙が、5月か6月にはビザが降りるだろうと言うことだったので、ドキドキしながら待つことにしました。


そしてついに!!!!!

2ヶ月経ってもサブクラス変更承認の手紙が来ないので、変更を認めてもらえなかったら・・・と不安になりかけていたときに、三原さんがDIMIAに進行状況を尋ねるメールを送ってくださいました。すると、次の日、思いがけず、
「STNIビザを承認します!」
と言うメールが返ってきたのです。ようやく、ようやく、私たちも永住ビザを取得することが出来ました。長い長い道のりでした。数日後には親子4人分のパスポートにサブクラス137のビザシールを貼ったものが手元に届きました。それを見たときの感動はひとしおでした。
でも、私たちがビザを取れたのは三原さんのお陰と言っても過言ではありません。いつでも的確なアドバイス、指示、迅速な対応、先を見越した行動、数百通にもなるメールのやりとりがありました。一度もお会いしたことがないのですが、全幅の信頼を寄せていました。

永住権はゴールではなく、オーストラリアでの生活のスタートです。これから新しい生活が始まりますが、そのチャンスの手助けをしてくれた三原さんに本当に感謝しています。ありがとうございました。


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個別記事の管理2011-02-18 (Fri)
昨日のDIMIAからのビザ承認のレターをプリントアウトした物と一緒に私たち4人分のパスポートを、東京のオーストラリア大使館に送りました。
ビザシールを貼ってもらうために。

もちろん書留で送ったけれど、途中でなくならないか心配。
ちゃんと届くよね・・・
1週間くらいで戻ってくる、と言う話なので、来週の金曜日辺りかな。
楽しみだな~~。


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